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北海道小清水 「オホーツクの村」ものがたり

北海道小清水 「オホーツクの村」ものがたり 新刊

人工林を原始の森へ 40年の活動誌

“キタキツネの獣医”が、1978年に農民たちと始めた、自然環境保全活動。100年の森をつくる――自然と人とのかかわりを問う。

竹田津 実
出版年月 2018/10
ISBN 9784582527360
Cコード・NDCコード 0051   NDC 519.811
判型・ページ数 4-6   224ページ
在庫 在庫あり
この本の内容
目次

“キタキツネの獣医”で知られる著者が、1978年に地元・小清水町の農民たちと始めた、自然環境保全、40年の活動。100年の森をつくる──今と未来の自然と人とのかかわりを問う。

この本の著者、竹田津実は、「キタキツネの獣医さん」として知られる獣医師・写真家・文筆家です。いまから40年前の1978年に始め、自身も参加した自然の保護・創成、ナショナル・トラスト運動「オホーツクの村」の活動をこの本にまとめました。
 著者は、1937年に大分県で生まれ、1963年に獣医師として北海道の道東、網走と斜里のあいだに位置する斜里郡小清水町の家畜診療所に赴任します。学生時代に訪れた知床の自然環境と人の温もりに魅了され、道東の診療所に就職しました。
1960年代なかばの北海道は、自然もゆたかで、さまざまな動植物が厳しい四季のなかで多彩な顔をみせてくれました。獣医師としてつきあった農業者も、魅力にあふれた力強く、忍耐強い人たちでした。著者は獣医師としての仕事のかたわら、野生動物、とりわけキタキツネに興味をもち、生態調査を開始し、写真撮影をはじめました。
60年代後半から70年代にかけて、農業の近代化がはかられ、大規模農法が導入されました。農地の拡大やトラクターの導入、化学肥料の施肥などで、自然の原野が減少したり、農耕地が痩せてしまったり、野生の動植物が減少したりといったことが目に見えるかたちでおこってきました。
 1978年、著者が動物監督をつとめた映画「キタキツネ物語」が完成、また2冊目の写真集『跳べ キタキツネ』が刊行され、その映画と出版を記念した会が小清水町で行なわれました。会が終ったあと、その発起人会は、〈身近な自然を取り戻そう〉として、「小清水自然と語る会」を結成しました。会は、町の中央を流れる止別川の河口に残された植林地を取得し、その地を「オホーツクの村」と名付けてナショナル・トラスト運動を開始しました。
植林地は、1978年当時、植えて17年ほどの若い森でした。所有者は漁業者で〈魚付林〉として育てていましたが、その年に亡くなり、〈森を伐らない人に売って欲しい〉という言葉を残しました。その遺志を受け継ぎ、人工林を原始の森にという80年、100年計画の運動「オホーツクの村」づくりが始まりました。
以来、40年、植林地は、自然度を増した森へと変遷してゆきました。そこには、人の手、自然の力、理念・理想と現実、社会の仕組みと農業者・開拓者の忍耐強さなど、さまざまな「ものがたり」がありました。巻末に、「原点 獣医と農民とキタキツネと」として、写真集『跳べ キタキツネ』から「キタキツネの里」、自然・動物雑誌「アニマ」1973年4月創刊号から「仔別れののち、F18は口ハッパで死んだ」を再録しました。
著者の半世紀におよぶ、北海道の自然・環境・人とのかかわりを、豊富な写真と、闊達でペーソスあふれる文章で読んでいただけることと存じます。




◎本書の目次◎
プロローグ 私たちの原生林
正月のキタキツネ事件 1975-78年
湖畔のちいさいおうち 1978年
ひとりの漁業者の死 1978-81年
コラム オホーツクの村の建設について
あぁ、九パーセント 1981年
コラム オホーツク村への道のり 大出進
北の地の表土 1965-82年
出版社がジャガイモを売る 1982-84年
まず一本の木を植える 1983-95年
森林文化賞受賞と国勢調査 1986-89年
不凍湖をつくりたい 1989-93年
力強い応援隊 1993-97年
二〇周年の村祭り 1997-2001年
未来に残したいもの 2003-14年
エピローグ 普通の自然を残したい
原点 獣医と農民とキタキツネと
キタキツネの里
仔別れののち、F18は口ハッパで死んだ
あとがき
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