白川 静 略年譜
1910(明治43) 年4月
 福井市佐佳枝町に生まれる。
1924(大正13) 年春 14歳
 広瀬徳蔵の事務所に住み込み夜学に通う。広瀬先生の蔵書のなかから[国訳漢文大成]に親しみ、楚辞や唐詩を暗誦。万葉調の歌人として知られる郷里の橘曙覧の影響で、[万葉集]のすばらしさを味読し、中国の[詩経]との比較研究を夢みる。
1933(昭和 8 ) 年4月 23歳
 立命館大学専門部文学科国漢学科入学。この頃、呉大澂の[字説][説文古籀補]を手にし、古代文字学に興味を持つ。
1935(昭和10) 年11月 25歳
 立命館中学教諭となる。すでに読みはじめていた段玉裁[説文解字注]、王引之[経義述聞]とともに、この頃、刊行された郭沫若[ト辞通纂][両周金文辞大系考釈]を索引を作りつつ読みすすむ。
1941(昭和16) 年4月 31歳
 立命館大学法文学部漢文学科入学。この頃、[皇清経解]に収録する[詩経][書経]関係の考証文献を読み漁る。
1943(昭和18) 年9月 33歳
 立命館大学法文学部漢文学科卒業。十月、立命館大学予科教授となる。
1948(昭和23) 年10月 38歳
 処女論文[ト辞の本質]を、続いて[訓詁に於ける思惟の形式について][殷の社会]をそれぞれ[立命館文学]に発表、学界にその足跡の第一歩をしるす。
1954(昭和29) 年3月 44歳
 立命館大学文学部教授となる。九月、平凡社[書道全集]第一巻の殷・周・秦の解説・釈文を担当。
1955(昭和30) 年4月 45歳
 大阪大学文学部講師となり、学部で中国文学史、大学院で甲骨金文学を講ず。併せて、樸社の例会で西周金文の解読と注釈、また[説文]の講義を行う。この年三月、[甲骨金文学論叢]初集、立命館文学部研究室より油印、以後十集に及ぶ。
1960(昭和35) 年6月 50歳
 [稿本詩経研究(通論篇・解釈篇)]二冊、立命館大学文学部研究室より油印。十月、[興の研究]([稿本詩経研究]別冊)、おなじく立命館大学文学部研究室より油印。
1962(昭和37) 年3月 52歳
 [興の研究]を京都大学に博士論文として提出、文学博士の学位を受く。この年八月より[金文通釈]を白鶴美術館の館誌に発表しはじめる。以後、一九八四年まで五十六輯を数える。
1969(昭和44) 年7月 59歳
 [説文新義]十五巻、別巻一を樸社の社友であった小野楠雄氏(五典書院)の手で季刊にて刊行開始。一九七四年完結。
1970(昭和45) 年4月 60歳
 一般書[漢字](岩波新書)を書き下ろす。以降、[漢字の世界][金文の世界](平凡社東洋文庫)など次々と一般読者のために書き下ろす。
1984(昭和59) 年8月 74歳
 [字統]を平凡社より刊行。十一月、[字統]により毎日出版文化賞特別賞を受く。これより先、[字統][字訓][字通]の字書三部作を構想。
1991(平成 3 ) 年12月 81歳
 [字統][字訓]等の文字研究により菊池寛賞を受く。
1996(平成 8 ) 年2月 86歳
 京都府文化特別功労賞。十月、[字通]を平凡社より刊行。
1997(平成 9 ) 年1月 87歳
 五十年余にわたる壮大な構想力よりなる中国の古代文化研究及び古文字研究にたいして一九九六年度朝日賞を受く。四月、文字文化研究所所長、理事長となる。
1998(平成10) 年7月 88歳
 [詩経雅頌](全二冊、平凡社東洋文庫)を刊行。九○年の[詩経国風]とあわせて[詩経]の全訳注を完成。十一月、文化功労者として顕彰される。
1999(平成11) 年3月 89歳
 文字文化研究所にて文字文化を論題に<文字講話>第一回講演会開始。十一月、勲二等瑞宝章を受く。平凡社より著作集(全十二巻)の刊行開始(二○○○年十一月完結)。
2000(平成12) 年4月 90歳
 [私の履歴書]及びこれまでの対談をまとめた[回思九十年]を平凡社より刊行。
2001(平成13) 年1月 91歳  第八回井上靖文化賞を授与される。十二月[別冊太陽 白川静の世界]を平凡社より刊行。
2002(平成14) 年1月 92歳  平凡社より著作集別巻第一期[説文新義](全八巻)刊行開始(二○○三年三月完結)。同時に[字書を作る]刊行。九月、文字文化研究所の講演をまとめた[文字講話](全四巻)刊行開始。同月、梅原猛氏との対談[呪の思想]刊行。
2003(平成15) 年6月 93歳  平凡社より小論・対談集[桂東雑記 I ]を刊行。

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